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詰将棋は解くのも難しいが、作るのも難しい。

ずいぶん前になるが、20手以内ぐらいのものを考えてちょっとだけ作っていたことがあった。

そして、手ごたえのある作品はあまり出来なかった。

上のは、今考えて作ったもの。

ブログに盤面がうまく載せられるかどうか試してみた。

それにしてもこの動く盤面は凄い。

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2009年01月31日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
将棋を知らない人に将棋が趣味だというと、『難しいでしょ。』と、これはお世辞である。

どうやら決まり文句になっているらしい。いい感じではない。

だって当然難しいからだ。

強くなりたいと思って指しているのだが、どうにもなかなか難しい。

当然、勝とうと思ってやっているのだが、残念ながら負ける。

そして負けると悔しい。

それでも強くなろうと思ってまた指す。

そこで、冒頭のお世辞である。

まるで、「弱い者は『将棋』を指す権利を放棄するんですよ。」というニュアンスなのだ。

そして「放棄しても全く困ってないんですが。」と。

なんだが似ているのだ。

将棋を指す強い人がいる。だけど己より弱い人の指し手は認めない。

手の善悪というよりも、指す手そのものをである。

どこか、お互い対等ではないぞというところが。

それとも、そこまでしてようやく強くなれるのか。

戦う以上は、強い者も弱い者も、お互い対等の立場だと思うのだがどうなのか。

他人に考えを強要したくもないが、逆に強要されるというのもうんざりとするものだ。

弱い人でも将棋は指せるし、それで将棋を指す人が増えてくれば嬉しいと思う。

強い者が『難しい』のではない。

『将棋』そのものが難しいのだと思う。

2009年01月30日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
日記というものは今まで書いたことがなく苦手だ。

だからブログを作っても続かないだろうと思い躊躇していた。

また、公開というのも己にとって徳かどうか極めて疑問だ。

しかし、ブログがこれだけ世に広まっているのに、全く経験しないというのもどうかと思ったりもする。

それよりも、少しでも何かを表現しておくことでいちいち誤解しようとする状況から予め身を護ることができるのではないかとも思う。

そこで、趣味にしている『将棋』のことなら、少しは書けるのではないかと思い、とりあえず形式を作ってみた。

なので、ここでの話は将棋に関することだけにしたい。その他のことはすべてノータッチである。

災いがふりかからぬよう切に祈る。

さて、つづくかどうか。とりあえず気楽にいきたい。まあ、国語力の鍛錬には良いことだろう。
2009年01月30日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
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