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定跡の本をいろいろと読むのだが、どうも、うろ覚えになる。

記憶力の問題だ。

将棋は歩の位置が一マス違うだけで、その後の変化が全然違う局面になる。

優劣の評価も変わってくるのだ。

だから正確な記憶が大切になる。

定跡だけに頼るのというのではないが、覚えられるところはできるだけしっかりと覚えていたいものだ。



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2009年04月27日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
ボクシングとかで、勝つ気合い満々の選手がテレビに映る。

当たり前だ。

プロだからとか、パフォーマンスだからとか、そういうことではない。

例え相手のほうが強いとわかっていても、勝つ気でやる。

この場合、傲慢とか尊大とかいう考えなどは入り込まない、純粋なものだ。

私は将棋のときには常に、たとえ相手が強くても勝つ気でやる。

勝負とはそういうものではないか。

2009年04月18日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
「将棋とは自分を映す鏡である。」という表現を、誰かが言っていたのを読んだことがある。

実にそのとおりだと思った。

己の性格がよく出るのだ。

おそらくは、1対1の闘いが、人の個性をよく顕すのだろう。

これが集団となるとまた別だ。個々の色が別の色に染まってしまい、よく見えなくなってしまう。

何を考えているのかわからないので、対応にも困るというやつだ。

性格が見えるということは、当然嫌なところもよく見えるということでもある。

しかし、危ないことがあらかじめわかっていれば、それを避けるためのある程度の対応もできるというものだ。

今はなにかと、人の顔が見えないと言われる。

「ケンカするほど仲がいい。」という古い言葉もある。


当然、己の嫌なところも見えたりする。

そういう時にどうするのか。

嫌なところは認めるが、気をつけようとしてもどうしても直らない。

嫌なところは認めるが、だからなんだと開き直る。

嫌なところは認めたくないので、とにかく知らないフリをする。

さてどうするのか。

それもまた性格なのだろう。





2009年04月13日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |

2008年度の将棋のプロの公式戦で、なんと後手番の勝率が先手番の勝率を上回った。

これが、日本将棋連盟が統計を取り始めた1967年度以降、実に初めてのこと。

後手番勝率 5割3厘。

今までは、ずーっと、先手がわずかに有利だったのだ。

去年度までの、先手の平均勝率は5割2分6厘。


先手が先に指すから先手の平均勝率がわずかに高い、とよく耳にしてきた。

それでも、ぴったり5割にならないのは興味深い。

これがもし、先手6割で後手4割ぐらいだと離れすぎだと思うだろう。

そしてぴったり5割だったら。

逆になんだか虚構的な感じだ。

この2分、3分ほどの差こそが、むしろ人間らしい差に思える。

例えば男か女かというやつである。人間的なのだ。

実にうまいなあと思う。


ところで、アマチュアである私は、先手と後手どっちが指しやすいのか。

指しやすいのは先手という気がするが、実際の勝率はどうか。

調べてなどいないから、わかるはずもない。

しかしまあ、結局もっと強ければ、どっちでも勝てるのだ。


今年度は、後手番勝ち越しの画期的な年度となったが、来年度はどうなるのか。

そういうところに注目して、プロの将棋を見るのも面白いと思う。







2009年04月03日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 将棋 | Top↑ |
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